やわらかな建築システム


言うまでもなく建築は硬い。
物体としての硬さはもちろんのこと、明晰で純粋な論理に基づいて構築された建築の思考やシステムは、まるで結晶体のように「硬い」のである。美しい論理の結晶を眺めるような感覚が建築の、特にモダニズム以降の建築の特質だろう。
しかし反面、この建築の「硬さ」は、無限のバリエーションをもつ現実の環境に対する融通性の低さともなる。建築が自身のその硬さゆえに融通が利かない分、よりやわらかな環境側に融通性を求める。つまり、硬い建築を建てるために自然環境の方を改変するのである。
これが建築に運命的に付きまとってきた「反自然」の要因となっている。
そこで、COEプログラム「知能化から生命化へのシステムデザイン」の授業の一環として学生が行ったこのプロジェクトでは、自然環境の改変を行う必要のないほどにまで、建築の硬度を下げることが試みられた。「やわらかな建築システム」の提案である。
敷地である日吉の森の形状にそって滑らかに起伏するメッシュ状の建築は、小部材の組み合わせによる「ラメラ/トラス架構」によって実現した。地面に対して水平に近い面外方向の力が支配的な部位では主にラメラ構造として機能し、垂直に近い面内方向の力が支配的な部位では主にトラス構造として機能している。純粋なラメラとは異なり各部材に欠込みがあり、これがホゾ状に組み合うため、面内方向の力に対してはトラスとしても機能するのである。また、欠込みの深さには段階があり、その深さを制御することで架構にライズが生まれるよう工夫されている。このホゾ状の接合部にはかなりのアソビがあり、ビスや釘で固定されないため、建築全体の形状もある程度の自由度・緩さを持ち、環境へのアダプタビリティをさらに高めている。またこのアソビは、先のライズによって生じる幾何学的な不整合を許容し、建設を容易にもしている。
見ての通り、この建築システムには構成としてエンドがない。環境の状況に合わせて自由に形を変えていくことも可能である。屋根らしかった部位は壁らしき部位に替わり、同時にラメラ的だった構造はいつの間にかトラス的な構造へと変化する。部分としてのルールはあるが、それは全体を単一の形状へと決定するような固定的な上位論理ではない。変化する状況への適応性を有した緩い論理である。これは実は植物界の論理に近い。
自然環境の改変を必要としない「やわらかな建築システム」への第一歩である。


「新建築」 2007年9月/新建築社 「森の休息所」