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"1g"のためのデザイン
形而上の幾何学が、形而下の存在へと下ることを、マテリアライズ(=物質化)と言う。マテリアルとしての実質と、形而上の幾何学としての本質が、極限的に均衡する時、その必ずしも重なり合わない両義性が美的強度を生むのだろうと、建築をデザインする中で常に確認しているのは、僕だけではないだろう。
ジュエリーブランドである「shihara(シハラ)」は、ジュエリー特有のデコラティブさは一切持たない。代わりにその“強度”を発生させるのは、上記の建築と同様の美学的機構である。そして、そのプラトニックな幾何学がマテリアライズするにあたり要求する質量は、たとえば代表作の一つである正四面体のピアスの場合、ほんの“1g”の金(Au)だ。“1g”の実質と、それが示す純粋な幾何学。その間に張り詰めている「透明なテンション」がここで展示されるべき対象なのである。
我々がデザインとして行ったのは、仕上げを徹底的に排除したラフなコンクリート躯体の中に、プラトン幾何学の最も基底的な「直角」をコトンと置くこと。ただそれだけである。この「直角」は、厚さ100㎜の展示什器と、高透過ガラスミラーによる姿見からなっている。ミラー面に映り込むことで倍の長さを現す展示什器の背面は鉄シートで裏打ちされた経師貼りの白い面であり、ここに厚さ0.55㎜の化学特殊強化ガラスによる極薄の棚板を磁力によって片持ち状に固定している。ジュエリーの軽量さを生かした磁力による固定は自由な展示レイアウトのためでもある。扉もまた高透過強化ガラスを床面から片持ち状に突き出る棒状のヒンジによって枠もなく納めることで、空中に浮かんでいるかのようにその量感を喪失させている。
以上を含めたすべてのデザイン操作は質量を最小化し、純粋な幾何学との均衡へと環境を導くために行われたのだが、その結果、空間は“1g”のジュエリーと同質な「透明なテンション」に満たされることになった。形而上と形而下の世界が重なり合った、shiharaらしい店舗環境が実現したのではないかと考えている。


「商店建築」 2015年8月/商店建築社