Seto


海辺の街のパブリックスペース
瀬戸内海に面するこの地域は、里山がそのまま海面へと落ち込んでいくような地勢で、街は斜面にはりつくように広がっている。当然のように平場は限られていて、街の人々が集い催しを行うようなパブリックスペースが圧倒的に不足していた。求められた用途である造船会社の社宅機能に加えて、われわれが実現を試みたのは、崖上の斜面地という敷地状況を逆手に取って、建築によってパブリックスペースをつくり出し地域に開くことである。
具達的には、3層の居住ボリュームを半ば崖にオーバーハングするように配置し、瀬戸内の豊かな景観へと開けたその屋上を、高い位置にある北側背面の道路から、大階段を介して直接にアプローチ可能な「十分な広さを持ったパブリックスペース」として地域に開放したのである。

「船殻」的構造形式
特徴的な崖上に大きく跳ね出されたキャンチレバーは、最大限大きな屋上広場を生み出すことと、脆弱な崖地に応力が伝達されないよう、杭を崖端から必要なだけオフセットすることで導きだされた形式だが、これを可能にしたのは3層に跨がる連続構造壁面と、跳ね出しの反対側でカウンターウェイトとして作用するタワー棟の存在である。
3階高分(=約10m)の梁成と見做すことのできる3枚の主要な構造壁面と、これに直角に@6000mmで反復される短手方向の構造壁面に4枚のスラブ面が升目状に組み合わされることで、全体としては大型船舶の構造形式である「船殻構造」のような合理的な構造体が形成され、経済的にもリーズナブルな建築として成立することになった。

地域と繋ぐ
広場に穿たれたふたつのライトコートは、そこを降りる事で各住戸へと向かっていく移動空間でもある。面積的に高効率な形式とはいえ、陰湿になりがちな中廊下にはこのふたつのライトコートが光と風を届け、同時に各住戸の光・通風環境を大幅に改善してもいる。
大階段、スロープ、ふたつのライトコート内のコールテン鋼製の階段(塩害に備えて金物は全てニッケル含有のコールテン鋼露しとしている)、それらが面する中廊下というように、導線はコンクリートの塊のような建築をさまざまに取り巻きながらシークエンシャルに展開し、それはそのまま地域の導線に接続されることで、社宅内の住戸群は街から乖離せず、むしろ街の一部として地域に連続することも成功している。

未来のランドスケープとして
以上に一部挙げたように、自然や社会の多種多様な要求に応えながらも、それらの「均衡の形」として決定された建築は、できてしまえば複雑な背景条件などは感じさせない、きわめて明瞭かつ単純な「自律した姿」として立ち現れた。
L字型のコンクリートの量塊は、進水式を待つ巨大な船舶のようでもあり、「瀬戸内海という大空間」のアウトラインを規定しているようでもある。いずれ建築家の意図は消え去り、さまざまに見立てられ語られる新たな「瀬戸内のランドスケープ」として、地域に引き継がれていくことになるのだろう。
それこそが私たちの意図であり、希望でもある。


「新建築」 2013年8月/新建築社