Sagacho Archives /佐賀町アーカイブス


トムの空間/ジェリーの居場所
施主である小池一子氏が「佐賀町エキジビットスペース」(2002年閉館)の活動の中で蓄積してきたアート作品を収蔵・再展示するためのスペースの計画.研究室で計画および施工を行い,MOUNT FUJI ARCHITECTS STUDIOが監修を行った。今回のようなリノベーション作業の中で,壁や天井等を調べ,あるいは撤去したりしていると,私たちが日常どれだけ「仕上げ」に囲まれた生活をしているかに気付く。
「仕上げ」は単なるモノの「空隙」を,そこに室名を与え慣例に沿ったそれらしい見え方に整えることで用途を持った「空間」へと転換する。慣習的な日常を指示し保証する「記号」としての役割を「仕上げ」は持っているのだ。しかし,通常は仕上げの裏側に隠されている構造体や下地のむき出しの素材などからなる記号の介在しない世界には,ラフではあっても正直で透明な空気がある。そこには前もって記号によって規定された慣習的な安定がない代わりに,自ら意味を見つけ出し主体的に解釈する自由がある。古いアニメ「トムとジェリー」に出てくるネズミのジェリーはそんな仕上げの裏側の世界を住処としているが,仕上げに囲まれて暮らしている飼い猫のトムに比べて,なんとイキイキとして,機智に富んでいることだろうか。実はトムはジェリーを羨んでいるが,それは社会がアートを必要とする感情と同質だろう。
アートには意味機構であるヒト社会に,意味の外部世界からの生命力を接続し駆動力を与えるという役割があるが,われわれはそんなアートのあり方をサポートする環境の実現を目指した。つまり,トムの空間とジェリーの居場所の同時での実現である。具体的な操作はきわめて単純だ。通常は数センチしかない躯体と仕上げの空隙を数メートルにまで拡大することで,ジェリーの展示室(室A)を生み出す。そこは仕上げの裏側の世界なので,既存の仕上げすべて丁寧に除去されている。同時に,廊下から連続する壁面を凹ませることで,主には収蔵庫であり時にはホワイトボックスの展示室としても使われる室Bをつくり出す。廊下側から見れば,ガラスで仕切られて入る事のできない、仕上げられた「廊下の凹み」である。
ふたつの異なる性質を持つ室「トムの空間」と「ジェリーの居場所」は「大扉」によって,隔てられ,また繋げられている。それはアートが意味の外部世界と記号的なヒト社会の隔たりを行き来しつつ接続するのと同様に,である。
常に新たなアートが産出され続けてきた「佐賀町」にふさわしい環境が実現されたのではないかと感じている。


「新建築」 2011年2月/新建築社